はしから はしまで ① 日本橋 その1

「二ホン」と「ニッポン」は悩ましい。オリンピックやパラリンピックで応援する時は、「頑張れニッポン」だが、「~の心」や「~情緒」と言う時は「二ホン」かな。ややこしいのは日本

  銀行で、国会で総裁再任が審議された時は「二ホンギンコウ」と聞こえたのに、紙幣には「NIPPON GINKO」と印刷されている。

さて、「日本橋」。大阪では「ニッポンバシ」だが、お江戸では自然と「ニホンバシ」になる。そして、サクラの季節には「ニホンバシ」がこの橋にはより似合う。

 

日本橋を語ると、デザインが美しいとか、麒麟の電飾灯がとか、よくそんな話題になる。それはもちろん間違いではないのだが、日本橋の真骨頂はたくましさにあるような気がしてならない。

現在の橋は1911年(明治44年)の架橋である。ということは、関東大震災にも、東京大空襲にも耐えてきたことになる。美しいものは強いのだ。

日本橋に残る弾痕か

だから、「第二次世界大戦では、焼夷弾も受けて傷跡が残っています」(東京国道事務所「日本橋」)といった記述にも出会うことになる。

(続きは「橋梁通信」2018年4月1日号でご覧ください)