余話 護国寺から 2 そういえば、亀戸天神でも

橋梁調査会(東京・文京区)に近い護国寺で鳥居の近くに架かる橋を見ながら、日本人は昔から橋にどんな思いを寄せていたのかを想像していて、ふと、似たような構図をかつて見たような気がした。あれこれ調べて記憶をよみがえらすと、亀戸天神(東京・江東区)のことだった。

 ちょうど今、藤まつりの季節。参道を歩いて鳥居をくぐると、すぐ前に太鼓橋が架かっている(写真左)。

「男橋」という名前だ。さらに進むと平橋があり、社殿の前にはまた太鼓橋(写真右)。      

こちらは「女橋」と呼ばれる。3つの橋の欄干はいずれも朱塗り。どの橋からもスカイツリーを間近に望めるのは今風だ。

亀戸天神の公式HPによると、橋は「心」の字の形をした池に架かっており、男橋は過去、平橋は現在、女橋は未来を表す。「3つの橋を渡るごとに心が清められ、神前へと進みます」という。

そんな説明を読むと、日本人にとって橋は単なる建造物ではなく、昔から精神性を帯びたものだったことが伺える。そして、森本哲郎さん(1925-2014)の文章を思い出した。朝日新聞の出身で、文明批評の著作を多く残した人。その森本さんは伊勢を訪れ、五十鈴川に架かる宇治橋を渡りながら思ったのである。

「橋を渡る――とは何だろう」

(続きは「橋梁通信」5月1日号でご覧ください)