はしから はしまで ⑥ 日本橋 その6

東京・中央区の日本橋の橋詰4か所、獅子の像が乗った橋柱には、橋の名前を漢字とひらがなで記したレリーフ(写真)が各2か所に掲げられている。徳川幕府最後の将軍、15代慶喜の揮毫(きごう)によるものだ。

  現在の日本橋は1911年(明治44年)に架橋された。慶喜は1913年(大正2年)に76歳で亡くなっているから、晩年の筆である。

ところで、ひらがなのレリーフをよく見ると、何か変だ。「ば」に当たる部分は「む」の点がないような文字。これで「ば」と読めるの? その下の「し」の字には、上に点がある。はて?

(中略)日本橋に詳しい地元の方に聞いても分からないので、かな書道の全国的な団体「藍筍会(らんじゅんかい)」に聞くと、副会長の齊藤紫香(しこう)さん(日展会友、読売書法会常任理事)が次のように教えてくれた。

(続きは「橋梁通信」6月15日号でご覧ください)