余話 護国寺から 6 神橋は一つの境界

治神宮の神橋(写真)は神域の精神性というより、景観造りの一環云々という前回記事をご覧になった神宮の広報調査課・福徳美樹さんから、次のようなメールをいただいた。

 (中略)「南参道に架かっている神橋を境に、年に2回の大祓(おおはらえ)では、祓物(はらえつもの)が、次の祭員に渡される儀式がございます。これは、この橋が(下の流れとともに)ひとつの境界になっていることを表していると思います」

(中略)「明治神宮境内でも、神橋はひとつの宗教的・精神的・日本人の神観念的な役割を持っているものと存じます」

(中略)「私は日々、明治神宮に通い、神橋を渡ると、鳥居をくぐった時に感じるものと似て非なる感覚を覚えております」

(中略)「ただし、それについて創建時の造営誌等を見ても、書かれているものはございません。言葉にせずとも――という面が(特に当時の日本人の感覚には)あったであろう、と私は考えております」

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「言葉にせずとも」の感覚が深いと思ったので、福徳さんの許しを得て全文を紹介した。

(全文は「橋梁通信」7月1日号でご覧ください)