伊藤學回顧録⑧ 歴史的な長大橋 なお健在 感激に浸った

(前略)

ニューヨークの橋 環境にマッチ そして風格

――橋は、マキナック橋以外もご覧になったのですか。

伊藤 ニューヨークでマンハッタン一周の観光船に乗って、イースト川、ハドソン川に架かる橋をたくさん見てきました。ブルックリン吊橋、ジョージ・ワシントン吊橋、トライボロー橋などでしたが、いずれも環境によくマッチして、それぞれ風格を持っていたことが印象に残っています。

(中略)

――ニューヨークの後は?

伊藤 バスでフィラデルフィアに行って、ベンジャミン・フランクリン橋はかなり詳しく見ました。新しいウォルト・ホイットマン橋は遠くから見ただけです。歩き回るのはかなり疲れますし、アメリカの橋は人の歩行を禁止しているところが多かったのです。

――若い伊藤先生が橋の周囲を歩き回っている姿が目に浮かぶようです。各地の橋をご覧になって、包括的に、アメリカの橋にどのような感想を持ちましたか。

伊藤 私は当時、まだ橋に対する技術的感想を抱く段階まで成熟していませんでしたから、書物だけでしか見たことのない歴史的な長大橋が健在で使われているという感激に浸るのみでした。

タコマにも足を延ばして

――イリノイ大学での専攻は橋梁ではなかった(回顧録⑦)とのことですが、やはり橋への関心は強かったのですね。

伊藤 シアトルでは、橋梁の大家であるワシントン大学のファーカンソン教授にお会いすることができました。

――タコマ橋が1940年(昭和15年)に落橋した場面を現場で16ミリ・ムービーに撮影した方という記録があります。それがニュース映画になって日本でも上映され、伊藤先生の恩師・平井敦先生が若き日にご覧になって、ご自身の専門を決められたお話を以前伺いました(回顧録⑤)。

伊藤 教授は出張中と聞き、会えないかと思っていたのですが、幸いでした。実験室も見せていただき、タコマ橋、工事現場を先に見学したマキナック橋などについて、半日かけて、じっくりとお話を伺うことができました。教授はすでに重要な地位にあった方なのに、私1人に対して、本当に親切に、温かくお話をしてくださいました。気持ちの良い思い出です。その翌日には架け替えられたタコマ橋も詳しく見てきました。

(中略)

海外の人々、文化、生活に触れて

――この留学経験は、伊藤先生のその後の研究者、教育者としての人生にどのような影響を与えたのでしょうか。

伊藤 百聞は一見に如かずどころか、海外の人々、文化、生活に1年間触れたこと、特に教授や院生との接触、彼らの教室における作法など大学における教育を体験したことが、帰国後の私の教員生活に大いに刺激となり、また糧となりました。橋梁工学という専門への影響より、大学教育、国際活動に対するプラスの影響大であったと言った方が良いと思います。

(全文は「橋梁通信」7月15日号でご覧ください)