余話 護国寺から 7 言葉にせずとも

明治神宮の広報調査課・福徳美樹さんから届いたメールにあった「言葉にせずとも」は、橋と神域について調べているとよく出会う感覚である。

この連載で何回か引用した森本哲郎さんが日本のあちこちを旅して最後に伊勢神宮の宇治橋を渡ったのは、「無意識のなせるわざ」だったとして、理由を述べていない。言葉では説明できない何かが、森本さんを動かしたのか。

その伊勢神宮で、西行は「なにごとの おはしますかは 知らねども」と、意識下の「かたじけなさ」に涙した。言葉にせずとも、というより、言葉にするのを拒否したような響きさえある。

そうした面が影響したのか分からないが、橋と神域に関する文献が少ないのは確かなようだ。例えば、京都・上賀茂神社(賀茂別雷=かもわけいかづち=神社)の「橋殿」(はしどの)、つまり橋である建物、建物である橋という奇妙な構造物である。

研究者は論文に「川の上にたつという特徴的な形態の興味深い建築であるにもかかわらず、これまで建築史の研究対象として取り上げられたことはほとんどなかった」と書いた。

神社の公式ホームページには、重要文化財であること以外、特段の説明はない。各種の京都案内サイトでも、「神事の際、橋殿から人形(ひとがた)が川に流される」くらいの記述しか見つからなかった。

さて、橋殿とは、何なのか。この研究者の論文を追う。(以下、略)

(全文は「橋梁通信」7月15日号でご覧ください)