はしから はしまで ⑨ 日本橋 その9

日本橋は守られた 悪口盛んだが

世の中に悪評高きものは数多いが、東京・中央区の日本橋の上に架かる首都高速道路(写真左)ほど悪口を言われ続けたケースは、そう多くないのではないか。

例えば、「名橋『日本橋』保存会」が1977年(昭和52年)に刊行した「記念誌 日本橋」は、次のように憤っている。

「江戸・東京を通じての随一の名所であり、日本の、大きくは世界の名所でもあった日本橋が、高速道路の高架橋によって、往時の名橋ぶりが潰滅状態になったことは痛憤やるかたなき思いである」

また例えば、朝日新聞の「天声人語」(6月9日)は、嘆息する。「欄干を飾る麒麟(きりん)や獅子像に風格が漂う。だが見上げれば、首都高速道の下腹が橋を多い、せっかくの陽光が届かない」「巨大な鉄の蓋(ふた)に覆われたいまの姿は、哀れを誘う」と。

(中略)

こうして引用を続けると、皆が寄ってたかって悪口の言い合いをしているような印象だ。

だが、しかし、「橋梁通信」は見つけたのである。高速道路の建設は国策だったようだが、日本橋はある知恵で守られた証拠を。写真の中に、そのヒントがある。

(全文は「橋梁通信」10月15日号でご覧ください)