水平力の猛威を実感 西日本豪雨 被災地ルポ 

どれだけ大きな水平力と上揚力が加わったのだろうか

「土石流によって橋梁上下部工に、どれだけ大きな水平力と上揚力が加わったのだろうか」――。広島市安佐北区で、いずれも一級河川の三篠川(みささがわ)上に架かるJR芸備線

「第1三篠川橋りょう」、市道「鳥声橋(とりごえばし)」等の崩落現場を間近にした際の率直な思いだ。7月12日夕方、平成30年7月豪雨(西日本豪雨)で被災した車道橋1件、人道橋2件、鉄道橋2件の現場を歩いた模様を報告する(阿部清司)

同区内でこの日、草信幸治さん(67)運転のタクシーに乗った。2又に分かれる中深川(なかふかわ)交差点を白木街道(県道広島三次線・狩留家バイパス)に入り、三篠川沿いを下流から上流へと進む。

草信さんによると、筆者の目的地である鳥声橋~第1三篠川橋りょう間の約4km区間で、人道吊橋も落橋していると言う。土地勘のある運転手さんの助力を得て、被災現場に向かった。

鳥声橋 RC桁が40m下流に 三篠川S字蛇行が影響か

落橋した鳥声橋

出発地から約2・8㎞地点の鳥声橋橋詰に到着した。橋長91m、幅員5mのRC4主T桁橋で、1931年の架設から87年経過している。表層舗装が黒々としているのは、今春に補修工事が完了していたからだろう。私のいる場所から2経間目が大きく損壊し、3経間目の上部工は2つに折れて流出していた。その主桁は約60m下流に位置するJR芸備線「第2三篠川橋りょう」近くまで40mほど流されている。

鳥声橋 少し離れた場所から

現場を見る限り、増水とともに漂流物が流れてきて、山側から水平力(抗力)と上揚力(揚力)が作用したものと思われる。

4経間目以降は、橋脚に漂流物が堆積しているものの、上部工に大きな被害はないと視認できたため、2・3経間目の水位が特に上昇したものと推測される。

これは、三篠川がS字状に蛇行区間が連続するために一部で流れが急速化し、樹木など漂流物を飲み込みながら水位上昇が生じたと考えられた。

2経間目の桁上には上流側RC高欄が横倒しになり、下流側RC高欄が流出していた。土石流が橋軸直角方向に、下流側に向けて桁上を通過したと思われる。

2経間目のRC主桁は、陸上部の中間支点(手前から1基目の橋脚)に桁端部が4主桁とも残存している(縁が切れている桁もあるが、河川上の中間支点(同2基目の橋脚)には上流側の主桁1本が粘って残っている以外、他3本が脱落し、床版面がねじれている。手前1基目の橋脚も傾斜しているように見え、1経間目の主桁は下部工傾斜に伴うねじれのようなものが発生しているように感じた。

鳥声橋の断面

鳥声橋の主桁間には、上水管等のライフラインが付設されていたため、取材時の12日時点で、白木・狩留家(かるが)地区等3000世帯以上が断水被害を受けていた。橋が寸断されることは、道としての機能をなくすとともに、ライフラインの寸断に直結し、住民の生活に多大な影響を及ぼすことに改めて気づかされた。

現場では、(有)森川工業が「上深川配水管災害復旧工事」で、応急復旧的な水道復旧のための水管敷設作業を進めていた。

吊橋のトラス桁が横倒し

鳥声橋から約60m下流にJR芸備線・第2三篠川橋りょうが架かる。河川内の橋脚傾斜により、軌道が変形ししていた。

第2三篠川橋りょう。変形した軌道の上に漂流物が

その変形箇所の軌道上に靴、枝、段ボール等の漂流物があることから、こちらも桁上を水が越えていったことが分かる。JR西日本は、第2三篠川橋りょうを含む下深川駅~狩留家(かるが)駅間の運転再開を、9月中が目標と発表した。

鉄道橋から約74m下流に、白木街道に位置する「新鳥声橋」(橋長86m、幅員10m、1975年架設)がある。同橋の橋脚には些少の堆積物がかかっていたが、被害はなく、通行は通常通りだった。

抱岩歩道橋

新鳥声橋から約1㎞進むと、市管理「抱岩歩道橋(だきいわほどうきょう)」(2径間鋼橋)が目に入る。橋脚傾斜に伴い、上部工が変位して通行禁止になっている。傾斜の原因は不明で、市は今後、詳細調査に乗り出すという。同歩道橋も17年に舗装工、塗替え塗装工等の補修工事を実施していた。

柳瀬吊橋はトラス桁が横倒し

歩道橋から2・3㎞地点では、「柳瀬吊橋(やなせつりばし)」(橋長51・60m、幅員1・7m、鋼吊橋・補剛桁下路トラス桁+鋼下路トラス桁)が被災し、落橋していた。同市安佐北区農林土木課が管理する。

柳瀬吊橋に近づくと

白木街道側の主塔とアンカーは現位置のまま残っていたが、山側の桁に漂流物が絡み白木街道側主塔方向に主径間の鋼補剛トラス桁が横倒しになった。

鋼下路トラス桁は中間支点を失い、端支点からぶら下がっている。ハンガーロープはズタズタに寸断されたが、メイン

ケーブルは残された。同課によると、中間支点が流出しているという。

柳瀬吊橋を反対側から

第1三篠川橋りょう 軌道が飴細工のよう 橋脚2基が横倒し

崩落した第1三篠川橋りょう

 

柳瀬吊橋から約200m先に、JR芸備線「第1三篠川橋りょう」(橋長83m、1915年架設)の崩落現場があった。JR西日本広島支社は、崩落のメカニズムなどをこれから本格的に調査するという。

第1三篠川橋りょう 飴細工のような軌道

現場を見ると、上深川駅側の端支点部では、軌道が下流方向に飴細工のように曲がった状態だった。上流側の桁には、橋軸直角方向から流木がもたれかかっている。

線路脇の水田は土砂で埋まり、土色をした小さい蛙が無数に跳ねていた。

白木駅側の端支点部に移動すると、鋼2主鈑桁が4径間分、下流側に流されている。橋脚も2基が横倒しになり、河川内橋脚は途中で中折れしていた。横倒しになった橋脚が河流を遮っており、その分、川音が耳についた。

第1三篠川橋りょう 河川内の中折れした橋脚

不思議なのは、そこから約100m上流に位置する市道の「三田橋(みたばし)」(橋長73m、幅員6m、2径間RC桁橋+単純鋼桁橋、1953年架設)が、ほぼ無傷で残されていたことだ。この要因は、JRと市等の詳細調査を待ちたいと思う。JR西日本は、第1橋りょうを含む狩留家(かるが)駅~備後落合駅間の復旧に、少なくとも1年以上かかるとしている。

第1三篠川橋りょう。横倒しになった橋脚に近づくと