橋建協 ブリッジトーク 初めて対話形式を採用

日本橋梁建設協会(橋建協)の平成30年度第1回「ブリッジトーク」が7月18日、東京・港区西新橋の協会本部で開かれた。会員各社への情報発信と、若手社員のレベルアップを図る講習会。この日は若手社員約50人が参加し、初めて対話形式を取り入れた。

「土木 再び信頼を得られるか」 八馬・千葉工大教授

講師は、八馬智・千葉工業大学教授と、片山英資・一般社団法人「ツタワルドボク」会長。「土木の見方(捉え方)」をテーマに、それぞれの「俺の土木」の思いを語った。

八馬教授は近年の土木の歴史を振り返り、1995年(平成7年)-2011年(平成23年)を「土木=負の時代」と総括。「経済の停滞に起因する諸問題を受け、業界の縮小が加速し、土木への信頼が失われた」と述べた。

2011年以降は「土木多様化の時代」で、「土木が見直され、期待感を含みながら共感・共有の時代」に転換しつあり、「再び信頼を得られるか?」という局面にあると説明した。

そして、「社会とのコミュニケーション不全はまだまだ続いているが、新たな観点が模索・実践されるようになった」と指摘。「さて、土木の人たちは、これからどうするの?」と問いかけ、「まずは、プロとして面白がりましょう」と結んだ。

「インフラをつくり、守る 誇りと覚悟」 片山ツタワルドボク会長

片山会長は、土木学会が「土木の日」と定めた11月18日が誕生日であり、「私は土木の申し子」と自己紹介。長崎生まれで、小学校4年の時、死者・行方不明約300人を出した長崎大水害で家が水没し、自衛隊に救助された思い出を話し、「家を元に戻してくれたのは土木の力だった。将来は土木技術者になろうと思った」と振り返った。

そして、「四季を感じることができる日本は、また災害と隣り合わせでもある」と指摘。最近は過去の経験を超える災害が増加しているとして、土木に携わる人に「インフラをつくり、守るという誇りと覚悟」を求めた。

また、「土木工学とは人間考学だ」という恩師の渡辺明・九州工業大学名誉教授の言葉を紹介し、「技術とコミュニケーションは、維持・管理時代の両輪だ」と強調した。

初めて対話形式で行われたブリッジトーク(中央が片山会長)

この後、ブリッジトークで初めて、参加者が3人1組のグループに分かれ、講師の話の感想、土木への思いなどを語り合った。続いて講師を交えて全員が輪になって座り、活発に意見を交わした。

参加者に聞く

▽N・Tさん(22)

若い人が多くいて、意見交換ができて良かった。私はデザイン等に興味があり、八馬先生のお話を聞いて、姿、形にこだわることの重要性を改めて学んだ。現代に通じる良い橋を造りたいと思った。

▽H・Kさん(21)

他社の方々の意見を聞けて、良い経験になった。橋を造ることは、地域の人と一緒に行うことで、公共事業の「公共」とは「公の鏡」だと学んだ。私たちの世代では、それが当たり前だ、と言う世の中にしたい。

▽H・Sさん(24)

この仕事は、自分が造った橋が残るという誇れる仕事だと再認識した。一般の人にも、その魅力を伝えていけるよう努力したい。

▽H・Sさん(23)

文系出身で、管理部門に配属されている。これまで、橋は渡れれば良いぐらいの認識しかなかったが、大震災でも台風でも渡れるように設計されていると知った。そんな高度な仕事に関われることが分かり、誇りに思う。橋のイロハから教えてくれる会社に入社できてうれしい。1つでも多くの良い橋を建設できるよう、管理部門として仕事のスキルを向上させて現場を支えていきたい。

▽N・Yさん(23)

土木というとガテン系のおじさんがやっていると思っていたが、土木は人々の生活になくてはならないものだと再認識した。土木の歴史は、より良い生活のため、技術を高めてきた歴史だと感じた。私は経理部門で、橋梁・土木工事に携わることはないかも知れないが、せめて、設計図面を見れば主要部材の数量などが分かるくらいにはなりたいと思っている。

▽W/Yさん(19)

皆で意見が出し合える場で、楽しかった。私は橋梁にそれほど興味がある訳ではなかったが、工業高校の先生が橋梁・土木を情熱的に語ってくれ、映画「黒部の太陽」を見せてくれた。今日の講師の先生のように、私自身が橋梁のことを語れるようになったら楽しいだろうと思った。