主張(12) 「人助け橋」 今こそ橋の役割を声高に語ろう 防災の日に考える

その名も「人助け橋」という。東京の墨田川に架かる新大橋は、人々からそう呼ばれ親しまれてきた。
今日9月1日は、関東大震災にちなんだ「防災の日」。1923年(大正12年)のこの日に起きた大災害は、死者・行方不明者10万人以上という被害をもたらした。
隅田川に架かる橋も次々に焼け落ち、唯一残ったのが新大橋だった。1977年(昭和52年)に現在の斜張橋に架け替えられる前、1912年(明治45)年建造の鉄橋の時代である。
橋詰に立つ石碑が「人助け橋」のいわれを伝える。
「関東大震災は随所で火災を誘発し、そのため各所で橋が焼け落ち多数の痛ましい犠牲者を出した。しかし幸いにも(中略)新大橋だけは火災からまぬがれ、逃げ惑う1万有余の尊い生命を救い、かつ、遮断された各方面への交通を一手に引き受けて、避難橋としての重責を十分に果たした。そのため、新大橋は多くの人々から『人助け橋』と呼ばれ永く親しまれるようになった」
避難路を確保して人命を救ったうえ、災害時のネットワークも果たしたというのだ。
95年前の出来事ではあるが、決して過去のエピソードではない。
今年6月の大阪府北部地震では、

(中略)
そこに1本の橋があったら、すべてが「人助け橋」になる。業界自ら、あらゆる機会を使って、そうした橋の役割を声高に語っていきたい。
(「木戸健介さんの足跡をたどる」シリーズは休みました)

(全文は「橋梁通信」9月1日号でご覧ください)