橋に魅せられて ジビル調査設計 毛利茂則さん

「人を信じ、出会いを信じる」

「ロボットで、できること、できないことを区別することが最も重要」

そう考えて研究を重ね、自走式の走行台車に1200万画素の高性能ビデオカメラを搭載した橋梁点検カメラ「視る診る(みる・みる)」を開発した。橋梁点検車では点検困難な箇所を中心に、日本全国で300橋以上に活用されている。

1947年(昭和22年)に福井市で生まれた。「貧しい家」だったという。3人兄弟の末っ子。家計を助けるため、中学生の頃から測量会社でアルバイトに励む。福井農林高校の農業土木科で測量を学んだのは、自然な流れだった。

卒業後、地元の設計コンサルに入社した。測量機の三脚を担いで、山中を踏査する日々。社内で最も技術面で厳しい上司が、後に運命を共にする

ジビル調査設計の創業者(現・会長)の井上一壽さん(80)だった。

4年後、1人で独立した井上さんから「俺の所に来ないか」と声をかけられ、「行きます」と即答した。以来、半世紀を共に歩んだ2人は、主従であり、師弟であり。親子以上の関係だと思う。

井上さんは当時、道路線形の1つクロソイド曲線(緩和曲線)を手がけられる県内唯一の技術者だった。叱られる度、「何くそ」という負けん気が働く性格も奏功して、後年、「クロソイド曲線なら毛利に聞け」と言われるまでに。「それは厳しかったが、私を伸ばそうという温情だった」。

エンゼルライン、梅浦バイパス等、福井県内各地の多くのルート選定、橋梁設計に関与。99年には山岳道路のループ橋設計で、技術士の資格を取得した。

井上さん(当時・社長)の厳しさに社員がついていけず、創業10年目にして当初の2人に戻った時期もあった。

「私には社長を支えることしか念頭になく、まさか後継者に指名されるなど夢にも思わなかった」

2003年、社長に就任。折から新規路線の減少を実感していた時期であり、07年には橋梁点検業務に本格参入。今日までに約5千橋、毎年1千橋の実績を積み上げてきた。その知見を集約して「視る診る」の改良を進める。「技術者を支援できるシステムに育てたい」。

現在、社員約60人。「会長との出会いが私の人生を決定づけた。今後も出会いを信じて、人を育てていく」。70歳。

(代表取締役社長)

※橋梁通信2018・9・15号掲載