伊藤學回顧録⑫ 落とし穴は? 見落としは? 斜張橋ブームの中でも

特別編「吊橋と斜張橋の教室」の続編。斜張橋が人気を集める中でも、伊藤學先生はタコマ橋の落橋事故を念頭に、冷静、慎重な姿勢を貫いた。

平井敦先生 「斜張橋は嫌いだ」

――斜張橋の利点に関するお話を聞いていると、世の中すべて斜張橋になっても良さそうです。

伊藤 いいえ、どの形式の構造でも経済的、技術的な理由によるスパンの適用範囲があります。しかし斜張橋の場合、起源は決して新しくはないものの、第2次大戦後、ニューフェイスとして脚光を浴び、もてはやされるようになりました。でも、それだけに、皆がそろって斜張橋が好き、という訳ではありませんでした(注)

――えっ。

伊藤 私の恩師の平井敦先生は、「斜張橋は嫌いだ」とおっしゃっていました(笑い)。

サンフランシスコ湾 やはり吊橋に

――吊橋の権威だったからでしょうか。

伊藤 理由はあえて聞きませんでしたけれど(笑い)。

アメリカのカリフォルニアの人たちもそうだったのでしょうか。サンフランシスコ湾には多くの橋が架かっていますが、まさに吊橋の世界です。

その1つ、サンフランシスコ・オークランド・ベイブリッジのイースト橋が1989年(平成元年)の地震で壊れて架け替える時、私はデザインコンペの委員を務めました。委員には地質や地震の先生などいろいろな人がいましたが、橋の専門家は多くなかったのです。

その中の構造専門の1人の大先生と私は、この場所では斜張橋にするのがよいと主張したのですが、結局は委員会の多数決で吊橋になりました。「ベイエリアは吊橋の世界だ」というムードがあったのです。

――なぜでしょう。

伊藤 アメリカは斜張橋に関しては後発国だったという事情もあるのでしょうか。鋼橋の分野でトラス、アーチ、吊橋と20世紀半ばまで世界をリードしてきたのに、戦後かなりの期間、斜張橋では鳴りを潜めていましたから。

結局、この橋ではデザインに工夫を凝らした2径間自定式吊橋が設計されましたが、案の定、コストが斜張橋より相当高くなったそうです(笑い)。

――伊藤先生が1985、6年ごろ書いた論文などには、「見落としはないか」「落とし穴はないか」とあり、斜張橋に将来に対して、極めて慎重な姿勢で臨んでいたことが伺えます。

伊藤 アメリカのタコマ橋が風で落橋した事故(1940年)が頭にありました。これは、(以下、略)

(全文は「橋梁通信」9月15日号でご覧ください)