余話 護国寺から 11  川田忠樹氏の著書

小欄のタイトルは「余話」であるし、シナリオも作ってないから、どう展開するか、正直、筆者自身もよく分からない連載だ。

それにしても、随分長い思考の旅をしてきた。東京・護国寺に鳥居があり、その手前に石橋があったことに好奇心を抱いて、亀戸天神、伊勢神宮、明治神宮、そして京都・上賀茂神社について考えてきた。

テーマは「日本人と橋」。日本人にとって橋は単に向こう側へ渡る道具ではなく、人の世と神域をつなぐ精神的な存在であると、振り返れば指摘してきた。

(中略)

このシリーズは今回でいったん閉めることにする。

それに当たり、ぜひ触れておきたい書籍がある。川田忠樹氏(川田工業相談役)の「橋と日本文化」(1999年、大巧社)だ。

小欄は神社にある橋を人の世と神域をつなぐ存在としてきたが、同書は「橋は神々の通い路」と位置付けている。要約しつつ紹介すると。

――日本の建国神話は、「天(あま)の浮橋」という一つの橋を神々が行き来して展開される。「天の浮橋」とは何か。神が寝ている間に倒れたという風土記の記述は、はかない虹を連想させる。神社には見事な反りを持つ橋がよくあるが、これらは虹を象徴してものだと言われる。「虹の橋こそは神々の通い路であると、古代の日本人は考えていたのである」。

徳川家康をまつった日光東照宮の近くにある「神橋(しんきょう)」(写真)を初めて訪れた際、思わず「ああ、これだな」という言葉が出た。日本書紀によると不本意な国譲りをせざるを得なかった大国主命に比べ、子孫らから大事にされた家康は幸せであり、それが神橋の美しさに表れている。――

建国神話から徳川家康までを一つの流れでとらえるスケールの大きさに、まず驚かされる。小欄はささやかな思考の枠内にとらわれていたこと、恥ずかしい限りである。

こうした書籍こそ、橋梁人に読み継がれてほしいと思うが、書店の棚でさがすのは難しく、東京都内の図書館での所蔵も少ない。小欄は今後、折に触れてこの書籍を紹介・引用し、橋と文化を考え続けていきたい(出版元への問い合わせ:047-407-3473)。

(全文は「橋梁通信」11月1日号でご覧ください)