社長放談 富士ピー・エス 菅野昇孝社長

家庭のような安心感 良い仕事に

富士ピー・エスの菅野昇孝社長は本紙8月15日付で、「建設業界に我が子1人が入職してくれれば、担い手確保ができる」とし、「そのためには、お父さん、お母さん方の仕事が、我が子に夢を与えるものでなくてはなりません」と語った。

「社員の子弟から入社したいという希望があれば、優遇はできませんが、ぜひ入ってもらいたいと思っています。厳しいながらも家族的な会社が理想です」

「父母が同じ職場にいれば、その子はまじめに仕事をするでしょう。親も我が子が同じ職場にいれば、いい加減なことはできませんよね」

茶目っ気たっぷりに「まず浮気や不倫は、絶対にしないだろうね(笑)」と大笑いした。『家族的』の真意が少しずつ分かってきた。

(中略)

公共物多い仕事 利他心で 新構造への挑戦が重要

同社は「VISION2016」で、25年には土木事業の4割を保全関連事業での売上とする目標を掲げた。その上で、菅野社長は新設コンクリート橋での技術的チャレンジについて語る。

「日本では、プレストレスト技術は建築等の橋梁以外の分野へもまだまだ大きな展開の余地があります。新しい構造形式、新しい施工工法などにチャレンジしていくことが重要だと思います」 

同社は、第2次大戦後に荒廃した国土、特に九州全土を復興させようとしたところから始まった。1954年(昭和29年)に、安川電機製作所の安川第五郎・会長(初代会長)や福岡県貿易商工業協同組合の真貝貫一・理事長(初代社長)らが設立、今日に至っている(※設立趣意書参照)。

(以下、略)

(全文は「橋梁通信」10月1日号でご覧ください)

 

【富士ピー・エス】2017年度の連結売上高が273億円(前年比126%)。そのうち橋梁事業が197億円に上った。経常利益は7億5300万円。PC建協会員の受注総額3010億円のうち売上高はシェア7・3%を占める。5年前と比較すると、従業員は45人増えて405人となった。

菅野昇孝(すがの・のりたか)氏

1955年(昭和30年)1月東京生まれ。78年九州工業大学工学部卒業、同年富士ピー・エス入社。2007年(平成19年)取締役執行役員技術本部長。常務、専務を経て、13年6月代表取締役社長。今年4月、代表取締役社長執行役員社長に就いた。16年5月から1期2年、プレストレスト・コンクリート建設業協会(PC建協)の会長職を務めた。

設立趣意書(抜粋)

「わが国は僅かに戦前領土の六割に満たない四つの島に現在人口8500万を抱えて独立国家の面目を維持していかねばならぬ現状となりました。国内のあらゆる生産を飛躍的に増強する以外、日本の生くる途は見出し得られません。国土復興の主幹たる鉄鋼資源は大部分を輸入に仰ぐの外なく、木材資源に至りては、戦時中の濫伐と年々増大する需要に追はれて、此の侭推移すれば20年を出でずして枯渇すると憂えられ国家的重大問題となって来たのであります。此の秋、鋼弦コンクリートが出現致しました。鋼弦コンクリートは超高強度の鋼線とコンクリートの両者の特色を発揮せしめ、構造材として木材並に鋼材の代替品となし得るものであります。従って本工法は、わが国の如く資源に恵まれざる国にありては真に天来の福音とも称す可く、資源愛護、輸入鋼材の経済的活用、構造物耐久性の実現化等の見地より、之を採用普及することは、極めて緊急なる国策的事業と言はなければなりませぬ。而も本事業は比較的重量品を取り扱うものである為め、遠隔地よりの運搬は甚だ不利となり現地に近く操業する事が絶対条件であります。是等の事よりして、九州地区に鋼弦コンクリート工業(※富士ピー・エスのこと)を企業化する事は、地方産業振興上焦眉の急なる事は最早贅言を要しませぬ。希くは格別の御理解を以て絶大なる御支援を賜らん事を切に御願申し上ぐる次第で御座居ます」