橋に魅せられて 日立造船 福岡直樹さん

「我が子のような橋、どうにか直したい」

「平成28年熊本地震」の本震から2日後の2016年4月18日――。熊本県からの要請を受けた可動橋と、日立造船が納入した橋梁の被災調査に赴いた。

同年5月に日本橋梁建設協会からの要請で再度、同僚など3人と一緒に、志願して、阿蘇郡西原村に位置する複数橋の被災調査に赴いた。

余震が続く最中の調査。2次災害に注意し、宿と現場を車で往復しながら、数日かけて徒歩で踏査した。

「道路が波打ち、電柱が傾いていました。路盤が大規模に崩落するなど、今までに見たことがないような情景を目にし、自然の猛威を実感しました」

県道28号に位置する橋長265・4mの大切畑(おおきりはた)大橋の被災状況を間近にして、「どうにかして、直したい」。率直にそう考えたという。

同橋には、十数年前の建設時に現場代理人として関わっていたからだ。

「我が子のような橋、と言ったら言い過ぎでしょうが、そんな思い入れのある橋の1つでした」と振り返る。

建設時には、クレーンベント工法で架設する際、斜面や河川、ダムの放水路が直下となるため、ベント設備の設置場所の検討に苦心したことが思い出された。

香川県に生まれ、大阪で育った。日立造船に入社後、橋梁一筋で歩んできた。

本四高速の生口橋工事、北備讃瀬戸大橋主塔工事などの監督を経て、舞鶴クレインブリッジ架設工事と大切畑大橋架設工事の現場代理人を担当。43歳の時に本社・管理部門に異動し、積算部長、技術部長、工事部長、品質部長などを歴任してきた。

2年前、個人としても、会社としても使命感に燃えて受注した大切畑大橋復旧工事と、大きく損傷した斜張橋の桑鶴(くわづる)大橋の復旧工事。

自ら望んで、両工事を統括する現場代理人に就いた。

今年9月に桑鶴大橋の復旧が無事に完了。大切畑大橋の進捗も、桁を所定位置に戻すなど約80%まで進んだ。

「まだ難しい作業が残されています。最後まで事故がなく、品質を担保して工事を終えたい」と意気込んでいる。61歳。

(社会インフラ事業本部 鉄構・防災ビジネスユニット 建設工事部 担当部長)

※橋梁通信2018・11・15号掲載