橋に魅せられて 長大 加藤雅彦さん

「前例がないから、挑戦が生まれる」

歌って踊れる技術者に―。プロポーザル業務が出始めた十数年前、当時の上司から言われた。「歌=確固たる経験と、踊り=確かな技術力を武器に、仕事を受注することだと理解しました」。

1958年に名古屋市で生まれた。橋梁技術者を志したのは高校生の時。渓流釣りの際、谷間に架かる橋長100m級のアーチ橋を見上げて、「なんて美しいのか」と感動したことが忘れられなかった。

名工大を卒業後、日本車輌製造・鉄構事業部に入社。関西空港連絡橋、東京湾横断道路、明石海峡大橋など名だたる長大橋事業に設計・製作部会等で関与した。

36歳の時、長大・名古屋支社に転職。当時、阪神淡路大震災後の膨大な復旧業務量を前に、劇的に人員を増やした時期だった。「一流技術者が数多く在籍し、敷居の高さを感じましたが、誰とでも積極的に交流して何でも吸収しました」。

支社で課長、部長職を経て本社に異動し、現在に至る。「25年は早かったし、忙しかったし、必死でした」と振り返る。

最近では、橋長400m、日本最長の人道吊橋「箱根西麓・三島スカイウォーク」建設事業(2015年完成、事業費約40億円、17年度グッドデザイン賞、JSSC業績賞受賞)から多くを学んだ。

8年前、事業者フジコーの宮澤俊二社長から、富士山と駿河湾を見渡せる日本一の吊橋の構想を聞いた。民間企業としては前例のない事業だったが、社長の熱意・真剣さに共感した。

吹上げ風が発生する架橋地で、1年間に及ぶ風況観測データを基に、数値風洞解析により風強度を設定し、設計に反映した。「前例がないから、挑戦が生まれます。特に当社の若手技術者にとっては得難い経験を積めました」と目を細める。

同橋は完成後2年が経過、来訪者が年間100万人を超える。「魅力ある橋は、有効な観光資源になりうることを実感しています」と話す。

気配りの人でもある。昨年末、永冶泰司社長ら16人が参加した祝宴の幹事役。進行役として座を盛り上げるばかりか、人と人との間を移動しながら和やかな雰囲気づくりに心を砕いていた。60歳。

(取締役 上席執行役員 構造事業本部長)

※橋梁通信2019・1・1号掲載