橋に魅せられて 鹿島建設 佐藤忠宏さん

「今の時代、いかに変化に対応するか」

「根が楽観的で、ストレスをためないイプ。失敗して肉体的、精神的に疲れたとしても、早く忘れようって、自分に言い聞かせます」

そう言って笑うが、その「楽観的」は厳しい試練を経ている。2つの工事で洪水被害に見舞われた。

その1つが、所長として臨んだ新潟・阿賀野川に架かる揚川橋(PC3経間連続ラーメン箱桁)の新設工事。2011年の新潟・福島豪雨で、河川内に設置した延長200mの仮桟橋が流された。

「現場は修羅場でしたが、近接するJR磐越西線の橋も至る所で被災し、周辺国道の応援にも行く必要がありました」

水が引くと、現場の下流に残骸が見える。流された資材を、重機を集めて回収した。川沿いを歩きながら、回収漏れを確認する日々。部下や協力業者と力を合わせ、工期1年延長で完工させた。

1961年、東京・練馬生まれ。十代で目の当たりにしたダム工事の壮大さに魅せられ、日大・土木に進んだ。84年、鹿島建設に入社し、札幌支店に配属。仕事量が減る冬季、支店で受注した橋を本社で設計し、じっくり読み込んだうえで現場に臨めたことが仕事への理解を深めた。

入社7年目の北海道開発局・十勝大橋工事が印象に残る。当時はPC斜張橋の黎明期で、会社がこの形式の施工管理法の確立を目指した現場だった。「斜張橋の自由度の大きさ、PCの可能性を学びました」。

新東名・河内川橋JV工事の現場を立ち上げた後、18年4月、現職に就任。会社の橋梁事業全体を運営・管理する。

「先人は橋の構造形式の開発や、斜張橋・多段ケーブルへの対応など幾つかのブレークスルーを経て、時代に合致した新形式を生み出してきました」と振り返る。今は「新規事業が限られ、答えが1つではない時代」。それでも「新しい何かを生み出せるような勉強を継続し、後輩にも促したいと思います。これからの時代、いかに変化に対応するかに尽きるでしょう」。

時に目をつぶって沈黙し、1つひとつの言葉を紡ぎ出すように話す姿が印象的だ。57歳。

(土木管理本部 土木工務部 橋梁統括部長)

※「橋梁通信」2919・2・1号掲載