「道路網拡充と業務激変」 宮田社長 平成を評して 首都高定例会見

宮田社長

首都高速道路会社(東京都千代田区)の宮田年耕社長は2月6日、定例会見を本社で開いた。

首都高速にとって平成はどんな時代だったかとの質問に、宮田社長は「首都高速ネットワークの拡充と、距離別料金体系の導入や民営化など業務が激変した時代だった」と振り返った。

ネットワーク整備を時代ごとに考えると、

①1964年の東京五輪に伴う整備が進んだ第1期

②放射線を延ばしてNEXCOなど高速国道につなげた第2期

③平成時代は中央環状線の建設、羽田空港から横浜地区へのルートを整備した第3期――と分析。「一昨年に全通した中央環状線は、新宿線整備が都市計画決定の90年(平成2年)に始まった。湾岸線では横浜ベイブリッジ開通が89年(平成元年)、レインボーブリッジ開通が04年(平成5年)だった」と説明した。

宮田社長はまた、事業中の横浜環状北西線は、(以下、略)

(全文は「橋梁通信」2019年2月15日号でご覧ください)