柳澤昭洋氏 寄稿 想いでの端々(はしばし) ②大川湖面橋

会津若松から、会津鉄道線と阿賀川(大川)に沿う国道118号を南に25㎞ほど下り、県道214号に入って間もなく、若郷湖に架かる大川湖面橋(写真下)が見えてきた。

道路脇の畑地に立って、橋の全景を眺めた。40年ぶりだ。橋は静かに、湖面を一直線に渡っている。橋長425m、支間94.25+117.5+117.5+94.25m、幅員7m、総鋼重1580tの4径間連続の鋼床版箱桁、竣工は1982年だ。

この橋の設計に、橋梁形式選定の予備設計も含め、76年末~78年の足掛け3年間係った。架橋地点は、大川が下流に向かって左に大きく湾曲している個所。当時はまだ国鉄会津線が通っていて、大川第一橋梁(単線上路式プレートガーダー11連)が架かっていた。

(中略)

橋脚上のピン支承

構造系は当時道路公団でよく採用されていたフレキシブル橋脚とし、上部工全体と橋脚の一部分の地震時の慣性力を固定橋台が受け持つ構造とした。F(固定)、H(ヒンジ)、H,H、M(可動)の支承配置である。

橋脚断面は、直径5mの鉄骨鉄筋コンクリート円形中空断面。鉄骨は円形に配置したH鋼に山形鋼でブレースを組んだ構造で、累加強度方式で断面を算定した。円形配置の鉄骨を組み上げ、中空断面のコンクリートを打設するのに現場は苦労したという話を、後日耳にした。橋脚の下の方に通水口、上の方には通気口を開け、浮力の軽減を図っている。

上部工は腹板間隔3m、中間支点部の桁高5m、支間中央部3.2mの鋼床版箱桁だが、輸送を考慮して、腹板に水平継ぎ手を設けて箱を二つ割している。ボルト接合としていたが、施工に際して地組場での現場溶接に変更された。腹板の水平継ぎ手の現場溶接は、当時は画期的だった。

(続く)

(全文は「橋梁通信」2019・2・15号でご覧ください