社長放談 宮地エンジニアリンググループ 青田重利社長

次期中計『意識改革』をキーワードに 3つの改革

 宮地エンジニアリンググループは、上半期の 業績が受注高356・5億円(前年比4%増)、 売上高241・3億円(同2%増)、営業利益20・2億円(同15%増)、経常利益21億円(同15%増)と堅調。最終年度の中期経営計画も計画を大きく上回る見通しだ。経営戦略、今後の方針を青田重利社長に聞いた。

 

夢のある大型プロジェクトが必要 魅力ある業界にするために

魅力ある業界にするには、夢のある大型プロジェクトが必要です。そこに人が集まり、技術・技能の継承が始まります。狭い国土を有効活用する社会・道路のインフラ整備こそ、地方に人・物・金が集まる成長インフラとなり、国民の安全・安心・豊かさに貢献すのでする」

大型プロジェクトの必要性は、青田社長の持論だ。考えの一端を、2014年発行「宮地技報」に記している。予算が限られる時だからこそ、伊勢神宮遷御や隅田川橋梁計画の歴史に学び、20年スパンの架橋プロジェクト創出を図るべきだ、と――。

 「新3K(給与・休暇・希望)は確かに大切ですが、それだけでは建設業界が他業界に追いつこうって話ですよね。追いつけ、『追い越せ』でなければ夢がありません」

「橋梁業界 非常に明るい」

「昨今の橋梁業界を取り巻く環境は非常に明るいと感じています。新設橋では、川崎港の大型斜張橋や大阪湾岸道路西伸部など、大型プロジェクトが具体化し、高速道路会社の大規模保全工事も本格化しています。加えて防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策が閣議決定され、国土交通省所管分3・6兆円が確保されました。今後とも政治が経済の需要を創出することを期待し、社会インフラ整備を担う企業としての重責を感じています」

(中略)

エンジニアリング力はトップを自負 宮地i-Bridge推進

は受注、売上高が堅調に推移し、工事採算の改善やコスト削減に努めた結果、利益はいずれも2桁増になりました。グループ内のアライアンスによる一定のシナジー(相乗効果)が出ていると評価しています」

青田社長は2010年に宮地鐵工所の社長に就任。宮地建設工業との合併で生まれた宮地エンジニアリングの社長に就任し、13年から宮地エンジニアリンググループ本体の社長を兼務、14年期末に9年ぶりの復配を実現した。15年には旧・三菱重工鉄構エンジニアリングとの経営統合を推進し、エム・エム ブリッジをグループ会社に加えた。

(中略)

「当社グループのエンジニアリング力は、高難度施工に豊富な実績と信用を得ており、業界トップと自負しています。『共に歩む』のコンセプトを共有している協力会社との長年の信頼関係の賜物です。事業環境は、エンジニアリング力に加えて、ファブとの総合力あるエンジニアリング会社を求めており、そこでファブを担う千葉工場の生産性向上などの改革を実施していきます」

(中略)

 「コスト競争力と改革の原資を生み出す生産性向上策として、合成桁の床版撤去を短時間で実現する『M-SRシステム』、架設材の変位を自動測定するシステム等の『宮地i-Bridge』も引き続き推進します」

「市場は常に長期的なビジョンを持った継続的な経営を求めていますので、持続的な成長に向けた施策を打ち出していきたいと思います。2019―21の次期中期経営計画では〝意識改革〟をキーワードに、①働き方改革②グループ企業のアライアンス推進③千葉工場の改革――に取り組み、グループ最適化による、さらなるシナジー創出を目指します」

追記

「仕事が取れました」でなく「獲った」「獲りました」が営業の本質と話す。パソコンの前に座ればあらゆる情報があり、極端な場合はお客様の顔を知らなくとも仕事が取れる時代となっている。「こんな商売はない。商売(営業)とは何かを考えることが営業マンの第一歩」と話す。また、「私達の仕事はお客様からの受注の形を取っているが、そのお客様は国民の安全と安心・豊かさのために仕事をしている。すなわち、私達の商いも国民のために存在するとの価値観をお客様と共有していることを認識するのも大切」とも。さらに、「営業とは人間関係を創る」が持論であり、お客様との信頼関係を築くことが大切という。互いに背中に看板を背負っているが、培った信頼関係をもとに、言うべきことを率直に言っていく。人間関係を創るとは「言うべきことを言える関係を創る」ということだ、と。

青田重利(あおた・しげとし)氏 1947年(昭22)兵庫県生まれ。71歳。70年(同45)神奈川大学法学部卒業、宮地鐵工所(現・宮地エンジニアリング)入社。99年大阪支社長、2002年(平14)取締役橋梁営業本部長兼海外業務部長、常務取締役を経て、9年6月(同21)専務取締役経営企画本部長、10年6月(同22)に代表取締役社長。持ち株会社・宮地エンジニアリンググループでは、05年(同17)取締役、その後代表取締役副社長を経て、13年(同17)4月に代表取締役社長に就任し、現在に至る。

(全文は「橋梁通信」2019年2月15日号でご覧ください)