社長放談 川田工業 川田忠裕社長

さらなる強みを グループの連携で

2022年にグループとして百周年を迎える鋼橋メーカー大手・川田工業。明石海峡大橋、レインボーブリッジ、横浜ベイブリッジなど、わが国を代表する橋梁の建設に携わり、世界に誇る技術力で業界を牽引してきた。4代目社長で、持ち株会社川田テクノロジーズの社長でもある川田忠裕氏は、「橋梁はうちのルーツの大事な事業」と語る。

今秋まで高い工場稼働率 保全・補修の比重上がる

川田工業の鋼構造事業は橋梁と建築鉄骨を両輪とし、主に鉄骨は栃木工場、橋梁は富山、香川の各工場で生産する。業績は2012年が底で、13年から今日まで6年間は順調に回復してきた。

「工場は今秋まで高い稼働率が見込まれる。生産調整をしていた12年までとは違い、ありがたい状況です」

「鋼橋の国内新設は今後も数年間は20万トンほどで落ち着き、保全・補修の比重が上がっていくと思います。特に高速道路会社などの大規模更新事業の発注拡大が見込まれます」

「総合評価方式の発注では、お客様のご意見や現場の具体的なニーズを引き出し、施工方法などをご提案することが特に重要になります。

さらに、保全・補修については、富山、栃木、香川の当社3工場を拠点として、地元のニーズに対応できる活動をしていきます」

(中略)

グループ3社で三位一体のように

「当グループには鋼橋に強い当社とともに、PC橋に強い川田建設があります。また、道路、トンネルを得意とする佐藤工業が持ち分法適用会社になっています。この3社で三位一体のように、一つの地域にあるすべての道路構造物の維持管理を行うことができると考えます。

時代のニーズにマッチし、あらゆる分野に通じるエンジニアリングカンパニーを目指していきたいと考えます」

(中略)

技術継承 メタルの主塔 「本四」経験者張り切る

大型物件として、東日本大震災からの復興のシンボルといわれる気仙沼湾横断橋もある。エム・エムブリッジ、宮地エンジニアリングと合わせてJV3社が製作した部材を比較的現地に近い工場に搬入。地組でタワーの形にしてから現地に輸送し、FCで架ける。

「メタルの主塔は久しぶりなので、本四時代の人が張り切っています。この規模の橋を取っていくことが、どうしても必要です」

海外事業については。

「将来的には、現地パートナーシップや技術移転等で、海外でも活躍できる会社になりたい」

いま力を注いでいるのは安全教育。全社員が「基本事項の徹底」「人為的ミスの撲滅」のワッペンを胸に付けている。

「現場での人手不足は、深刻さを増しています。社員には、難しいことがあったら悲鳴を上げてくださいと伝えています。そして、様々な情報に敏感かつ柔軟に対応し、最新技術を用いるなどの対策を取っていきます。難しければできる人と組んで、総合力で解決しようと話しています」。

「人材育成については、同年代が異業種で集まって、リフレッシュ研修を行っています」

(以下、略)

川田忠裕(かわだ・ただひろ)氏 1962年(昭和37年)東京都生まれ。56歳。米サン・ディエゴ州立大学大学院航空宇宙工学専攻修了。85年川田工業入社。航空事業部副事業部長、取締役航空事業部長、取締役管理本部副本部長兼航空・機械事業部長、常務取締役・常務執行役員管理本部副本部長兼航空・機械事業部長などを経て、09年川田テクノロジーズ代表取締役社長、18年カワダロボティクス代表取締役社長。日本橋梁建設協会理事なども務める。

(全文は「橋梁通信」2019年3月15日号でご覧ください)