柳澤昭洋さん 寄稿 想いでの端々(はしばし)③ 湘南ベルブリッジ(下)

柳澤昭洋さんは歩いた。かつては橋梁設計者として、橋が架かる前の調査のため、現場を何度も歩いた。今、76歳。架かった後の橋を歩き続けている。手がけた橋が無事で、そして、地元の人に愛されていることを確かめるために。その足跡を、橋梁通信は折に触れて掲載することにした。橋に関わった思い出の端々を記録にとどめるためだ。初回は、群馬県・八ッ場ダムとその周辺に架かる橋。波乱の経緯をたどったダムを久しぶりに訪れて、柳澤さんは何を思ったか。

柳澤昭洋(やなぎさわ・あきひろ)氏 1942年疎開先の群馬県で生まれ、戦後、東京で育つ。66年早稲田大学理工学部土木工学科卒業、日本橋梁入社。76年綜合技術コンサルタントに転職。同社常務、専務を経て、2008年代表取締役社長。15年取締役相談役、16年退任し、17年SMCシビルテクノス工事統轄部・技術設計Gに技術顧問として入社、現在に至る。綜合技術コンサルタント時代に、管理技術者として301橋、照査技術者として49橋、担当者として7橋の設計に従事。日本橋梁時代に、約30橋の設計にかかわった。

(「橋梁通信」2019年1月15号掲載)

 

架橋地点はスポーツ公園や湘南シーサイドカントリーCCに囲まれた風致地区であり、去年、久しぶりに橋を見に来た時も小出川にはボラが群れをなして泳ぎ、カワセミ(写真左)も姿を見せていた。川は地域住民の遊歩道や市民活動の場として利用されている。橋は湘南ランドマークになっているのかな?

(中略)

青い空にくっきりと浮かぶ白いカテナリーのアーチを見ながら、昔、構造力学の先生が言っていた「力学的に合理的な形は美しい」という言葉を思い出していた。この橋の耐震補強をNEXCO中日本で実施すると聞く。橋は、まだ25歳の若さである。これからも地域の人の目に触れながら、その役目を全うしてくれることを望んで止まない。

(「上」は本紙4月1日号、「中」は本紙4月15日号に掲載)

(全文は「橋梁通信」2019年5月15日号でご覧ください)