橋に咲く ブリッジ エンジ 海老原彩菜さん

「私の転機」 いつも心掛けて

普通科の高校時代はバスケットボールに打ち込んだ。卒業後は洋服の販売員になった。

あの転機はどうして訪れたのだろう。

「後世に残る仕事だ」。急に建設分野へ心が向いた。職業訓練校でCADを学び始めるという転身。鋼構造物の補修設計を行うブリッジ エンジに入ったのは5年前だった。

でも、当然ながら橋梁各部の名称も分からない。「正直、入社から2年は毎日、業界を間違えた、会社を辞めたいと思っていました」。

次の転機は3年目。自ら希望し現場調査に加わった。性格に合っていたのかも知れない。意欲が沸いた。「仕事の内容が分かり、面白くなって行きました」。

メジャーやハンマーなどで橋の健全度を診断し、補修法を含めて報告書を作る。図面のない橋は各部材の寸法を測り、設計図作りから始める。

真夏の炎天下も冬の寒さもいとわず、休むことはない。「現場調査は重要ですから」。

先輩や客先と現状評価と対策を語り合った後は、自ら勉強して知識を蓄えることが大切と考え、実践中。「飲みにケーション力」にも~自信}があるという。

夢は技術士の資格取得。「新しい補修工法をよく学び、お客様に提案できるように」。いつも、次の転機を心掛けている。

休日は高校バスケの追っかけで全国を回る。バスケ好きは変わらない。茨城県取手出身。

(鋼橋グループ)

※「橋梁通信」2019年5月1日号掲載