米寿記念 伊藤學回顧録㉗最終回 「元気を出して 技術の継承を」

「伊藤學賞」日本の鋼橋を引っ張った方に

パソコンに向かう伊藤先生(橋梁調査会で)

――伊藤先生にちなんだ表彰制度に日本橋梁建設協会(橋建協)の「伊藤學賞」があります。

伊藤 橋建協で伊藤學賞の話が最初に出た時、お断りしました。

だって、土木学会の田中賞も吉田賞も、亡くなった先生の名前を付けた賞です。海外でも亡くなった方の名前の賞の方が多いのです。

でも、私は生きていますよ(笑)、まだ元気です(笑)、縁起が悪いではありませんか(笑)。賞に名前をかぶせるのは嫌だ、勘弁してくれと言ったのですが(笑)、どうしてもということで、やむなくお引き受けした次第です。

それが正直なところでした(笑)。

――選考はどのように?

伊藤 この賞は橋建協におけるいわば功績賞で、受賞者は推薦された複数の候補者から選びます。第1回(2007年)は下瀬健雄氏でした。旧・石川島播磨重工業(IHI)で海外の仕事に熱心に取り組んだ技術者です。ニュージーランドの橋が最初だったと思います。

社長や会長といった肩書でなく、(以下、略)

「最近の皆さんがおとなしいのが気になります」

――伊藤先生は鋼橋技術研究会の創立30周年記念誌「夢になう橋」(2014年)に寄せた「30年を振り返って」で、

「最近の皆さんがおとなしいのが気になります」と書きました。

伊藤 やはり、新しいもの、目立つものを作ることによって、皆、元気が出てきます。

――「メンテナンスの時代」と言われ、それは確かにその通りなのでしょうが、技術の継承ができるか、心配です。

伊藤 もちろん技術は記録には残りますが、記録に残るだけでは継承できません。技術を継承するためには、たくさんではなくても、絶えずプロジェクトがあって、それに関与する人が絶えないようにしませんと。

(以下、略)

社会との関り うれしい

――これまで伊藤先生の来し方をいろいろ伺ってきましたが、私的な環境を含めて、現在の状況、ご心境をお聞きしてよろしいでしょうか。

伊藤 いつの間にか、若い頃には思いも及ばなかった歳に達してしまいましたが、この歳まで少しでも社会に関わりのある仕事に携わって来られたのをうれしく思います。もちろん私の本業は大学における教育と研究でしたが、講義と著述を通じた教育と社会の啓蒙の面では、まずまずの評価を頂けたと思っています。

しかし一方、研究、特にいわゆる理論的研究の面ではいささか忸怩(じくじ)たる思いが残っています。もちろん大学の教員といえどもいろいろなタイプがあるのは許されるでしょうが、足らざるところを自省する気持ちは必要と思います。

――ご健康のようにお見受けします。

伊藤 実は私、

(中略)

伊藤 思い返せば、私のこれまでの人生、多くの方々に助けられてきました。併せて、最初にも申し上げたように、縁と運に恵まれてきたところ大と思わざるを得ません。それらに感謝の念を捧げながら、これからの余生を穏やかに過ごせることを願っています。

――長い間、ありがとうございました。

 

(全文は「橋梁通信」2019年5月1日号でご覧ください)