橋に魅せられて 日本橋梁建設協会 高木正己さん

「高木橋」――。うれしくて涙が出ました

今月1日、日本橋梁建設協会の事務局長に就任した。快活な性格、伸びのある軽やかな声が印象的だ。

①安全安心な街づくり②品質の確保③環境保全活動④人材の育成⑤地域とのふれあい――この「橋建協 五つの誓い」を掲げたうえで、「会員が活動しやすい体制を構築し、各社にメリットが出る運営を心がけたい」と抱負を語る。

1957年愛知・岡崎市生まれ。79年同志社大学を卒業後、川田工業に入社。東京橋梁営業部に配属された。

最初に担当した横浜市内の河川改修に伴う小さな鋼床版橋の受注が印象に残る。「私が獲得した仕事で工場が動き、現場が動く。協力企業にも恩恵が及ぶ。こんな営業冥利につきる、やりがいのある仕事はないと感じた」。

受注直後、直属の上司が「これは、高木橋だ」と言ってほめてくれた。その夜、うれしくて1人泣いたという。思い出すと、今でも胸に迫るものがあるほどだ。

東京都の多摩中流部橋梁群の架替事業では、鋼重約4000tの「多摩川原橋」(鋼床版箱桁)を、橋梁営業部の力を結集して受注するなど各所で活躍。

以後、大阪支社・橋梁営業次長、栃木営業所長を経て、2012年から6年間、東北事業所長に就いた。18年に本社・事業企画部で、橋以外の新規事業を担当した直後、事務局長の打診があった。「また大好きな橋に携われる」という気持ちが強く、2つ返事で引き受けた。

「橋は、分断された地域を結ぶもの。この地元から喜ばれる仕事に、どんな形であれ、関われることはとても楽しいこと」と笑顔を見せる。

ところで、軽やかな声の訳は、実は50歳を過ぎてから再開した「合唱」にある。転勤先で参加した合唱団は、十を超えた。

東北赴任時は現地合唱団で丸6年活動し、現在は大学OBで演奏する合唱団など2つに所属。休日練習のほか週1回の平日練習にも参加する。肩書を脱いだ人とのつながりが、その人間力に磨きをかけたのだろう。

休日は還暦前から始めたクラシックギターを弾き、妻とかつての赴任地へのバスツアーや山登りで自然に親しむ。62歳。

(事務局長)

※「橋梁通信」2019年4月15日号掲載