関空連絡橋 なぜ早期復旧できたのか タンカー衝突から ②

昨年9月の台風で流されたタンカーに衝突されて大きな損傷を受けながら、今年のゴールデンウィーク前、早期に完全復旧した関西空港連絡橋。目標より1か月近く早い完全復旧は、なぜ可能だったのか。

橋梁通信は、復旧工事に携わったNEXCO西日本関西支社・橋梁担当部長の佐溝純一氏にインタビューした。前号(6月1日号)に引き続き、迫真のドラマをお伝えする。

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撤去状況・2018/9/14(NEXCO西日本提供)

撤去された桁は、IHIインフラシステム堺工場(大阪府堺市)と高田機工和歌山工場(和歌山県海南市)にそれぞれ運ばれた。

「普通にやったら、1年半くらいかかるような橋の規模」だと、佐橋部長は言う。「いかに早くするか」。

再利用の可否判断に当たっては、橋軸方向の7つあるブロック単位で目視により調査し、ブロック内に大きな変形・破断があれば、当て板などによる部分補修は困難として再利用しないことにした。

1ブロック内での部分的な再利用は、新旧部材の取り合い精度の確保などに時間がかかることから、工程を優先させた判断だった。

また、えぐれや破断が認められない場合は、溶接部の亀裂がないことや、道路橋示方書の部材精度規定を満足することを、計測によるチェックで確認することにした。

調査の結果、P1-P2桁は明らかに穴が開いていたり、鋼床版が大きく変形していたりと、目視でも損傷が激しいことが分かったため、桁の再利用は困難と判断、桁のすべてを再製作することにした。また、A1-P1桁は4ブロックの再利用が可能で、残りの3ブロック部分を再製作とした。

再製作に当たっては、「設計検討する時間はなかった。元の構造を出来るだけ踏襲しようと」(佐溝部長)。そこで、

(以下、略)

(全文は「橋梁通信」2019年6月15日号でご覧ください)