愛知・前橋、徳島・ドイツ橋 小さなアーチ橋 地域に愛されて100年

橋は人とともに、人は橋とともに――。愛知県豊田市と徳島県鳴門市で、地域の人に親しまれてきた小さなアーチ橋が架橋100年を迎え、それぞれ記念の催しが開かれた。

豊田市の稲武地区にある「前橋」(写真左)は、橋長16・7m、幅3・6mの鉄筋コンクリート製。

国道の旧道に架かり、地域の玄関口として重要な役割を果たしてきた。

桁などがこけむして、歳月を感じさせる。

 

このほど開かれた「百年祭」は地元町会の主催で、住民ら130人ほどが参加。橋とともに人生を歩んできた99歳と、これから橋と生きる2歳、3歳の幼児らが橋の上でくす玉を割った。

いなぶ観光協会によると、稲武地区では大正時代に造られたアーチ橋が5か所に残っている。飯田街道(国道153号)と美濃街道(国道257号)が交わる要衝だったため、橋が整備されたらしい。

現役は前橋だけで、他は使われることないまま現存。そのうち「旧稲武大橋」は、他の4橋が鉄筋コンクリート橋なのに対し、鉄骨製だ。

一方、鳴門市で100年を迎えたのは、大麻比古神社の境内にある「ドイツ橋」(写真上右)。石を組んだアーチ橋で、橋長9m、幅3・2m。6月16日、同神社が主催して記念の神事や朗読劇などが行われた。

同市内には、「板東俘虜収容所」跡(国指定史跡)がある。第1次大戦が始まった1914年、中国・青島であった「日独戦争」で捕虜となった約千人のドイツ兵を収容する施設だった。

同市のホームページによると、収容所では捕虜の自発性が認められ、文化・スポーツ活動も盛んだった。そうした中で地元との交流も自然と行われ、ドイツ橋は壊れた古い木橋に代わる橋として、母国の土木技術を活かして作られたという。

ホームページは、「小さな石橋ですが、ドイツ人が設計、建設した橋としては国内でただひとつで、地元住民とドイツの兵士の交流の証として評価され、2004年に徳島県の史跡に指定された」と記述している。

※「橋梁通信」2019年7月1日号掲載