橋に咲く 大林組 白浜夏子さん 首都高速の現場で

頭を下げて進んだ道だから

工区の人たち全員の名前を憶えている。

そして、名前で呼ぶ。

後輩の藤永采子さん(右)、二郎丸裕衣さんと談笑

「実際に手を動かす人たちが、気持ちよく働ける。それが大事」と思うからだ。

今の現場に配属されて、

4年余。発注者や関係機関との協議を担い、施工管理も担当した。

合間には、女性職員とプライベート話で盛り上がることも。

後輩は「頼りになる先輩」と口をそろえる。

千葉で生まれ、東京で育った。15歳になった夏の日。

父が東欧の空港に日本食レストランを開くマネジメント業務を委託された。自宅で設計者と打ち合わせする父の姿。店の模型―。父について現地を訪れ、出来上がりを見た時は「衝撃でした」。頭に描いたものを図面に起こし、模型となり、構想から1年もしないで実際の姿になっている。

モノを造る魅力に触れ、「建設に関わる仕事をしたい」と決めた。

白浜さんの話に聞き入る人たち

大学進学時は土木を選んだが、父はまだ男社会が根強い世界に娘が進むことに猛反対。

頭を下げ、思いを語った。

許されて進んだ芝浦工大・土木。卒業後はゼネコンで計画設計・

事務所と現場間は自転車で移動

現場施工管理を経験したが、結婚後、出産を機に29歳で退職した。

家庭に入って6年。

2児に恵まれ、下の子が1歳半の時、「仕事をしたい」気持ちがよみがえった。

「父に頭を下げて進んだ道。あきらめていいのか」。

大林組に入る時は「何でもやります」。

今の目標は「白浜さんの現場なら行こうと言ってもらえるような、求心力のある存在」になることだ。

設計コンサルに勤める夫と子どもたちの協力に感謝が尽きない。

(首都高東品川JV工事事務所 工事長)

※「橋梁通信」2019年10月15日号掲載(写真撮影は首都高速道路会社の協力をいただきました)