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「インフラを守りたい 首都高だけでなく」

 社会人になった長男とこの秋、好きなサッカーをスタジアムで観戦後、居酒屋で盃を傾けた。「おまえは、恩人だ」。これまで繰り返してきた言葉を、改めて口にした。

20数年前のこと。首都高速道路公団(当時)が自治体から受託した道路建設案件で、環境アセスメントを担当した。

業務の委託先と協議を重ね、一生懸命に作った書類なのに、あれこれ理由をつけられ、なかなか受け取ってもらえない。行ったり来たりを、十数回も繰り返した。「こんな、ばかばかしい人生はつまらない」と思うようにもなった。

そんな時、妻から「身ごもった」と告げられた。明るい兆しに、仕事への意欲が再びわいた。翌年に誕生すると、顔を見る度に気持ちも晴れた。

容易に書類を受け取ってくれなかったアセス提出先の課長は、いつしか評価してくれるようになった。「君の言っていることは正しい」と。異動の際には、「こんな大事な時に。すぐ公団幹部を連れて来い」とどなったほど信頼を得ていた。

首都高速道路で1999年、重さ7kgの鋼製ふたが跳ね上がって走行車両に衝突、男性が亡くなった。その後も各地の高速道路でモノの落下が相次いだ。

仕事は増えたが、「忙しい」とは思わなかったという。かつてのつらい経験が糧になっていたのだ。

8年前の10月には、首都高速の高架下にあった外資系の民間施設にハイテンボルトが1つ落ちた。米国・同時多発テロの直後だっただけに、「テロか」と大騒ぎになった。

その後、ボルト落下防止キャップや緩み止めナットをメーカーと共同開発した。このナットは新国立競技場にも全面採用された。遮音壁、省工程塗料、高機能床版防水など手がけたモノは幅広い。現在も、4件ほどの開発を同時並行で進めている。「首都高だけでなく、そして国内に限らず、インフラを守りたい」との思いからだ。

4年前まで少年サッカーの監督を12年間担うかたわら、娘のバスケットボールチームの送迎も定期的に行った。兵庫県育ち。大阪市大卒。52歳。